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随筆その9
「魯迅の席」

前立腺ドック・PSAドック
棚橋よしかつ+泌尿器科
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2005年2月17日更新 携帯版(http://0028.jp/k)
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     「ここはなかなか良い席だから、君たちも座ってみなさい。」

     江沢民中国国家主席(当時)が来日の際、
     分刻みの日程を縫って晩秋の仙台を訪れた。

     中国近代化の父といわれる、魯迅の足跡をたどるためである。
     魯迅は『阿Q正伝』などで世界に有名になったが、
     文筆家を志す前、仙台医学校(東北大学医学部の前身)
     で学んでいたのである。

     主席は、東北大学片平キャンパスの階段教室を訪れ、
     いつも魯迅が座っていたという席に座ってみた。
     硝子窓から差し込む晩秋の木漏れ日が、鈍角に幾筋も
     部屋の空気を輝かせていた。

     暖房は教壇の脇の石油ストーブ1個で暖かくはなかった。
     ベンチ式の木の長椅子も冷えてつめたかった。
     しかし主席は、外套姿のままいつまでも座っていた。
     なかなか立とうとしなかった。

     そして、随行員達に「ここはなかなか良い席だから、
     君たちも座ってみなさい」と、しきりに勧めたのである。

     この教室は、長机が三列に並んでいて、通路は4箇所である。
     魯迅はいつも、真ん中の列の下から5段目、
     教壇から見て右端に座っていた。

     黒板に対する物理学的な位置関係からすれば、
     この位置は悪い位置ではないが、他の席に比べて
     著しく優位に立っているとも思えない。

     主席の「なかなか良い席だから」という評価は、
     それとは別の深い感情の露呈であろう。

     自分たちが“心の父”と仰ぐ人が学んでいた、
     まさにその場所に自分も座っている。
     そんな感激の気持ちの露呈であったのだろう。

     魯迅が留学中、仙台の人たちにはとても親切に
     してもらったという。とりわけ解剖学の藤野厳九郎は、
     親身に世話をした(随筆集6「藤野先生」参照)。

     中国近代化の父といわれる魯迅も、
     もし仙台に留学しなかったら、
     後の活躍の原動力は生まれなかったかもしれない。

     そんな思いがあったのだろうか。政治家として
     東京ではいつも厳しい顔をしていた江主席も、
     仙台では終始笑顔を絶やさなかった。

     政治の世界とはちがって、学問には国境はない。
     私たちも、超音波医学を通じて、少しでも国際交流の
     お手伝いができるよう努力したいものである。

     (草包庵・棚橋善克)

     (※この随筆は草包庵こと科長の「超音波医学」
     (医学雑誌)編集委員長時代の編集後記を改訂したものです)

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