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随筆その6
「藤野先生」

前立腺ドック・PSAドック
棚橋よしかつ+泌尿器科
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2005年2月17日更新 携帯版(http://0028.jp/k)
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     仙台は中国近代化の父といわれる魯迅のゆかりの地である。
     東北大学片平キャンパスには、彼が学んだ木造の教室
     今もそのままの姿で残り、大学のすぐ近くには
     彼の下宿していた家(下の画像参照)も残っている。

魯迅の下宿先(佐藤屋)
魯迅の下宿先(佐藤屋)
…河北新報(2004年10月24日(日)より…

     その魯迅が大成した一つの要因に、
     仙台医学校(東北大学医学部の前身)での
     解剖学教授・藤野厳九郎先生との出会いがある。

     藤野先生は、外国人留学生である魯迅のために、
     在学中ずうっと彼のノートを添削していた。

     東北大学資料館に展示してある彼のノートを見ると、
     むしろ添削の赤いところの方が多いぐらいである。
     魯迅が解剖学の授業で聞き漏らしたところだけでなく、
     文法的な間違いまで細かく添削してあった。

     そんな藤野先生の熱意は魯迅にも伝わらないはずがない。
     彼が藤野先生に対して畏敬と親しみの念をいだくように
     なったのはごく当然の理であったともいえる。

     以下に、魯迅の小品・藤野先生の一節を紹介しよう。

     『私は今でもよく彼のことを思い出す。
     私が師と仰いだ人の中で、彼はもっとも私を感動させ、
     私に激励を与えてくれた一人である。

     私はよくこう思うことがある。彼が私に対して
     熱心に希望をかけ、たゆまず教えさとしてくれたのは、
     小さくは中国のため、つまり中国に新しい医学が
     生まれるのを希望してのことであり、大きくは、
     学問のため、つまり新しい医学が中国に伝わるのを
     希望してのことなのだ。

     私の眼に浮かび私の心の中にある彼の性格は偉大である。
     彼の姓名は多くの人に知られてはいないけれども。...

     ...彼の写真だけは今でも私の北京の住居の東側の壁、
     机の正面にかかっている。夜、疲れて怠け心が起きた時、
     顔をあげ、あかりの中で彼の色の黒い痩せた顔が、今にも
     抑揚の強い口調で話しだそうなのを見ると、私はたちまち
     良心が目ざめ、勇気も増してくる。』

     全文は紹介できないけれども、この文章を読む度に、
     私は目頭が熱くなるのを禁じ得ない。

     彼が仙台を離れる数日前に、藤野先生は魯迅に一枚の
     写真を手渡した。その裏には、「惜別 藤野 謹呈 周君」
     と書いてあった。周樹人とは魯迅の本名である。

     彼は、諸般の事情で住居を転々と替えたが、藤野先生の
     写真だけは無くさなかったという。

     私のところにもこれまでたくさんの留学生が来た。
     しかし、この藤野先生のように、全身・全霊お世話を
     してあげられたかというと、はなはだこころもとない。
     これからの留学生には、もっともっと親切にしてあげたいと思う。

     (草包庵・棚橋善克)

     (※この随筆は草包庵こと科長の「超音波医学」
     (医学雑誌)編集委員長時代の編集後記を改訂したものです)

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